「元気です」と「検査に異常はありません」とどちらが大事なんでしょうか?(部分最適と全体最適)
最近の日常診療で「今日の調子はいかがですか?」とお尋ねしますと、「元気です」とお答えいただけることもよくあります。「このごろは以前より元気です」と言われるような場合もあります。このようなうれしいお答えをいただくのは、漢方薬をお出しするようになってからが多いです。西洋薬だけを用いて診療していたころには「変わったことはありません」というご返事が多かったような気がします。「変わったことがない」というのは元気であっても元気がなくても、それ以上の悪化がなければ「変わったことがありません」とお答えされることになると思います。
漢方治療を希望される方は、何らかの異常、不調を訴えられ、それの改善、解消を希望されて来院されることがほとんどです。ですから「元気ではない」ということになります。治療がうまくいけばそれらは解消されるので、「体調が良くなった、元気になった」と感じられるのは当たり前のことかと思います。逆にうまくいかなければ、体調が改善することがないわけで、それだけに責任の重大さを日々感じており、押しつぶされそうになることもあります。
それに対して内科的に西洋薬の治療のみを続けられている方は「血圧が高い、コレステロール値が高い」などで薬の服用を続けられているようなケースが多いと思います。高血圧やコレステロール高値に伴う症状がないことが多いのでお薬を飲んで「元気になられた」という実感もあまりないのかもしれません。
以前の私は数値ばかりを追っかけていて、その時の体調をお尋ねしてたとえ「しんどいです」というお答えが返ってきても、私には数値が正常ならば「どうすることもできない」というのが実情でした。
そのような中で最近でも日常診療で「検査の結果が正常になりました」と結果をお伝えすることもあります。これは「良いこと」で、お薬を使わずに正常になったとすれば、「とても良いこと」であるということは間違いないでしょう。一方で、お薬を使って正常になったとすれば「良いことなのかなあ」と思ってしまうこともあります。お薬を中止するとまた異常値に戻ってしまう場合もありますし、「お薬を長期にわたって飲み続けることの副作用がないのかなあ」と少々心配にもなります。
高血圧のお薬や、コレステロールや尿酸を下げるお薬は当然のことながら服用されると値は低下します。だから「それで良い」とされるかもしれませんが、中止するとどうなるのでしょうか。数値は元に戻るかもしれませんが、ときにはお薬を中止してもあまり数字が変わらず、以前のように数値が正常域を超えたりすることなく問題のないこともあります。一旦中止したからこそ判明することですが、なんらかの機序(恐らく自然治癒力)で正常値を保っているのでしょう。その場合は中止するのが賢明な選択だと思います。
もしお薬を飲んでいるとき、注射しているときの方が「元気がない」となればどうなのでしょうか。特に抗がん剤を投与されている方はそのようなことが往々にしてあります。抗がん剤中断期間には比較的元気が戻っておられても、治療が再開すれば元気がなくなられているときもあります。
私は「数値や画像検査結果よりも患者さんの状態、感じ方を大事にしたい」と常日頃から考えており、その気持ちがどんどん大きくなっています。「しんどさ」をもたらすような医療はあまりしたくありません。すべての検査値を正常範囲に入るように複数のお薬を投与するより、少し異常値があったとしても少ないお薬で様子をみた方がいい場合も多いと思っています。
日常生活において「元気である」という感じをお持ちいただけることがとても大事で、細かいことまでやりすぎることはときに「元気を奪ってしまう」ことになるように思います。
「部分最適よりも全体最適を優先する診療スタイル」が私の目指しているところです。
追記(2026.3.11)
この記事を書いているときにある医師のインタビュー記事を読みました。そのなかに「『治療のための医療』というよりは、『その人らしく生きるための医療』に関心が強い」と書かれていました。私も全く同感です。
