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「怒られた」

[2026.03.24]

 ときどき患者さんから「お医者さんに怒られた」というお話をお聞きします。自らを振り返って、私は患者さんに対して怒ったことはないと思います。もしそのように感じられたことがあったとすれば、それは私の表現の仕方が悪かったためで、お詫びいたします。

 

 薬を飲み忘れていた時に「なぜお薬を飲んでいなかったのか」と怒られたり、「お薬を変更して欲しいと言ったら怒られた」とかお聞きすることがあります。私は、そのような場面に遭遇しても「怒ることはしない」と思います。

 

 またこのようなときもあります。「肺気腫」という病気が代表的ですが、タバコを吸うと増悪しやすい病気があります。そのような場合には一般的には禁煙を勧められます。が、私は患者さんが「タバコを吸いたい」と強く希望されるならば容認しています。ただし、それは体にとって「決して良いことではない」とご説明した上ですが。決して喫煙を続けられることに対して怒りはしません。そういう状況の中で、どのようにすればよいのかを患者さんと一緒に考えます。

 

 もし大麻を吸っていることがわかればその時は患者さんにやめるように促し、ときには怒ると思います。(まだ大麻を吸っている患者さんに出会ったことはないですが) なぜ怒るのかといいますと「罪を犯している」からです。タバコは周りの人に迷惑をかけないような吸い方であれば、嗜好品の一つで認められています。それをご本人が希望されれば「喫煙していることに対して怒る」というのはおかしいと思います。

 

 「なぜ怒らないのか」というより「怒れないか」という理由を考えてみました。「私が優しい人間であるからでない」ことをまず最初にお伝えします。それではなぜなんでしょうか。私なりに考えてみました。

 

 その答えとしては「人それぞれどのような人生を送りたいのか」はみんな違うし、さらには「その方の運命がどうなのか(いつどのような形で最期をお迎えになるのか)」は誰もわからないから、私は怒れないのです。

 

 「血圧が高いと寿命は短いですよ」とか「高血圧を放置したら大変なことが起こりますよ(例えば脳梗塞や心筋梗塞などを起こしますよ)」ということは、必ずしも確かではありません。血圧が高くてもお薬を飲まず90歳になられてもお元気な方もいらっしゃいます。逆に血圧が正常でも、残念ながら短命の方もおられます。お薬を飲んで血圧を低めにされていてもある種の病気、事故でお亡くなりになる方もあります。

 

 ですから、私は患者さんに「高血圧を放置したら(必ず)大変なことになりますよ」と断定的に言えないのです。「大変なことになる」という発言(忠告?)に責任を持てないのです。「絶対そうなる」わけでもないのに「降圧剤を飲み忘れた」「降圧剤を飲みたくない」という方のお考え、行動を批判することなどできないと思っています。その延長線として「怒る」ことなどとてもできません。このように考えると「怒る」ということには「責任」が伴うということに気付きました。

 

 日頃できるだけ患者さんに寄り添うような医療に努めたいと思っています。寄り添うだけで命令はしません。なぜなら患者さんがされたいようにするのに対して寄り添い、最善の方法を一緒に考えるだけで、最終決定は患者さんにしていただくのです。突き放すわけでは決してないですが、患者さんの好きなようにしていただこうと思っています。

 

 親として我が子に対して怒るときには、親としての責任があると思います。ですから私は我が子に対して怒ってきましたし、このごろは孫にも怒っています。

 

 

 

 

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