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漢方薬と保険診療

[2025.06.02]

 今回も少々長くなりますが、最後までお読みいただければ幸いです。よろしくお願いします。

 

 漢方薬はすべてはないですが、現在のところ保険診療の範囲で多種類を処方できますので、原則私は健康保険内で処方できる薬剤をみなさまにお出しし、健康の回復、維持していだだくことをめざしています。

 

 そのような中で近年医療費が高騰し、日本の財政を圧迫しているという話を聞かれた方はいらっしゃると思います。またみなさまにはたくさんの健康保険料を毎月納めていただいています。そういう状況を少しでも改善しようとするために「薬局で買えるようなお薬は保険適応からはずしてはどうか」ということが議論されています。そのなかに今現在保険適応になっている漢方薬も入っていると伺います。

 

 医療費が高騰して日本国、日本国民が困っているというのは理解できますが、現在保険適応になっている漢方薬を保険適応から外すことになってはとても残念です。漢方薬には薬局等でみなさまの判断で購入できるものもありますが、すべての医療用漢方薬を購入することはできず、また同じ名前(例えば葛根湯)でも薬局等で購入できるものには同じ1包でも含まれているお薬の量(生薬の量)が少なかったりします。これは大量を間違って飲むと困ったことになるのを防ぐ意味もあります。

 

 当然保険適応がなくなれば、漢方薬を薬局等で購入される場合には保険がきかないので医療機関で処方されるより高額になってしまいます。

 

 漢方薬を多くの方に処方させていただいている私が考えるに、健康保険料を納めていただいているみなさまの健康状態を良くする、維持するのに漢方薬が大きく寄与していると思います。(実力不足でまだまだのときもありますが) 私の不勉強からかもしれませんが、西洋薬ではどうすることもできない病状の方がたくさんいらっしゃいます。そのような際にあまり効果の認められないであろう西洋薬をたくさんお飲みになられても、無駄なお金ばかりかかることになりますし、身体にもよくないかもしれません。

 

 西洋医学では説明できないような訴えを「不定愁訴」という一群にまとめられ、ときには精神的な問題とされ、それらに対するお薬が処方されているケースも散見されます。そのようなときに漢方薬を1種類飲んだだけで、長い間困っておられた症状が改善されることもあります。 

 

 現在の私から漢方薬を取り上げられてしまっては、羽のない鳥のようになってしまいます。

 

 どれぐらいの薬剤費が1年で日本で使われているかを調べますと、令和4年度の日本の医療費は約47兆円でそのうちの20%ぐらいが薬剤費、金額にして8兆円ぐらいになっています。その中で医療用漢方薬といわれる医療機関で健康保険の適応になって処方されているものにかかっている薬剤費は、2024年には総額で約2200億円です。ですから漢方薬の占める割合はすべてのお薬の3%にもなりません。漢方薬の種類は100以上ありますので、1種類だけで見ると微々たるものだと思います。

 

 一方西洋薬の売上を見てみるとそれ1剤だけで、年間に1000億円以上かかっているものが8薬剤あります。(2024年) 例を挙げますと「リクシアナ」という薬剤が2番目に売り上げがあり1500億円弱、「タケキャブ」という薬は4番目で1200億円弱処方されています。

 

 この二つのお薬は日本でこれだけ処方されているにも関わらず、私はほとんど患者さんにお出ししたことがありません。とても臍の曲がった私だからかもしれませんが。「リクシアナ」に関しては以前に「ワーファリンとDOAC(リクシアナ、エリキュース、イグザレルト、プラザキサ);頑固な私」という題でみなさまにお話しさせていただきましたので、ご覧いただければ幸いです。
詳細はこちら
もし、リクシアナをワーファリンへ多数の人が置き換わる、戻ることができれば何百億円以上の医療費が削減できると思います。

 

 次に「タケキャブ」というお薬ですが、このお薬は今現在あるお薬の中で胃酸の分泌を抑える力が一番強いです。私が医者になった40年前ごろには胃潰瘍がお薬では治りにくく、そのため胃を切除する方もいらっしゃいました。ところがほどなく胃酸分泌を抑えるお薬が発売され、その結果胃潰瘍で手術を受けられる方はほとんどなくなりました。「タケキャブ」はその後に、より胃酸分泌を抑えるお薬として開発されました。私が30年前勤務医であった時期に胃カメラを3000例ぐらい施行させていただいた経験があります。「タケキャブ」がまだない時代ですが、「胃潰瘍」は、びっくりするぐらいその時代にあった胃酸を抑えるお薬でも治っていました。なにを言いたいかと申しますと、「タケキャブ」ではなく昔からあるお薬で「胃潰瘍」の治療には十分効果があるということです。それも保険適応が胃潰瘍には8週間までという縛りがあっても、全例といってもいいぐらい治っており、長期間にわたり服用し続ける必要はないのです。ましてや今ではそのようなお薬のジェネリックも発売されており薬価はかなり安くなっています。

 

 最近では、胸焼けなどの症状を訴える方に対して「逆流性食道炎」と診断されてタケキャブを長期にわたり処方されている方に出会うこともあります。また多数のお薬をお飲みになられているために、「胃を荒らすといけない」とのことでタケキャブを合わせて飲まれている方にも時々出会います。若い世代で複数のお薬を定期的に飲まれていることは少ないと思いますので、このような理由でタケキャブを飲まれている方は概ね高齢の方でしょう。一方で日本人の70歳以上の方を調査したところ、半数以上の方がピロリ菌に感染しているとされています。ピロリ菌に感染していると胃酸の分泌量が減っていることがわかっています。もともと胃酸分泌が少ない方に、より胃酸を抑えるお薬を常時飲むことになるとますます胃酸が少なくなって困った状態にはならないのでしょうか。

 

 ここで考えたいと思います。「なぜ胃酸はあるのでしょうか?」胃酸は強力な酸で、食べたものを消化します。もう一つの大事な役割として体に入ってきた細菌をやっつけたり、毒物のようなものを解毒したりします。ですから胃酸は健康な体を維持するにはとても大事です。その胃酸の役割を弱めてしまうようなお薬を飲み続けることの弊害はないのでしょうか。ときどき「食事をするとお腹がつかえる」という訴えの方にタケキャブのような胃酸を抑えるお薬を処方されているケースに出会いますが、もし食べたものが消化されにくい状態でお腹が痞える感じがしているとすれば、胃酸を押さえる薬をのむことは逆効果になります。

 

 このように考えますと、タケキャブを長期にわたり飲み続ける必要のある方はかなり限られ、むしろ飲み続けることで本来の胃酸の効果が得られず困った方向へ身体が進んでいってないかと心配になってしまいます。

 

 また最近「若年層が長期に胃酸を押さえる薬を飲むと胃がんになる危険性が1.3-2.9倍になる」という論文が発表されました。エビデンスというものを最近ではとても大事にする風潮がありますが、これをどのようにとらえられるのでしょうか。

 

 以上のようなことからタケキャブを飲み続けた方がいいと考えられる人が、もし6人に1人になるとすると、1200億円の薬剤費が200億円となり、これだけで1000億円減らすことができます。

 

 もし私の考えが正しければ、この2種類のお薬を適切に使うことにより薬剤費はこれだけで計2000億円ぐらい減ると思うのです。漢方薬全体で2200億なのですが。それ以外にも私にはもっと安いお薬で問題ないケースも多々あると思います。また処方する必要のないようなお薬もあります。

 

  「命とお金の問題は切り離して考えなければならない、生命を維持するためにはお金を惜しんではならない」という考え方もあるかもしれません。しかしこのままでは日本の健康保険制度に無理が生じ、何らかの問題が発生することは目に見えているように思います。少子高齢化で、医療費がかかる人数は多くなり、一方で健康保険料を納めていただく方の若い世代人数は少なくなっています。日本という国にお金がなくて国民の健康が損なわれるかもしれません。

 

 ですから今考えなければならないのです。マグロの年間漁獲量も決められているとお聞きします。マグロ漁にかかわる方も、マグロをたくさん釣れればその時の収入は増えるかもしれませんが、資源保護をしなければマグロの数が急激に減ってしまってはその後に問題を残すかもしれません。少し視点が違うかもしれませんが、医療費も将来を見据えなくてはいけないと思います。

 

 医療費を削減するにはこのような方法、考え方があるのだということをみなさまにご理解いただければ幸いです。ただしそのためにはまず処方する立場である我々医師が考える必要があると思います。今後、ひょっとしたら「漢方薬を健康保険の適応から外す」という動きが具体化された場合には署名運動が始まるかもしれません。(15年ぐらい前にも同様のことがあり、その時には92万人余りの署名が集まった経緯があります。)

 

 その時にはぜひみなさまにご協力いただきたいと思いますが、署名活動あるなしにかかわらず、ご自身のお飲みになられているお薬についてこの機会にお考えいただき、ときには主治医の方とご相談されるのもいいかと存じます。

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